
好きな推し・嫁を貼って自分好みにした車なので、逆に辞める理由がないからです。
勿論貼り替えや気分転換ですっぴんになるもありますが、これだけ長い期間痛車に乗っていると貼っていない自分の車に違和感を覚えたりして結局すぐ貼ってしまいます。病気ですねw
この楽しさを覚えてしまったら辞められません。
2010年9月
埼玉のTシャツ屋さんBeeTeeの翠穂さんがまだ今のステッカー(Tシャツ屋)さんを始める前の写真。同じSHUFFLE!というゲームの仕様ということで仲良くなり、自宅にお邪魔してお泊り会したときのものです。知り合いに会うという口実で全国色々なところをまわりました。
2010年7月
今は亡き日本橋ゲーマーズ&とらのあな前のタイムズお立ち台での写真。
バシ"に痛車で遊びに行く場合、当時はみんなここで写真を撮ってmixiに上げるのが恒例行事でした。深夜突然そうだバシに行こうと思い立ってよく出かけていました。
2008年10月
私個人の車ではないのですが、歴史という意味では一つ自慢できるネタ。
2007年に地元で痛車グループ遠州痛車連合"を発足したのですが、集まる場所や昼が夜になったりと多少の変化はありますが、発足以来毎月1回の定例が2021年現在まで欠かさず続いています。既に痛車でなくなった人も参加してくれていて、痛車を通じて出来た関係がずっと続いているのっていいですよね。"
2008年3月
人生で初めてカラーステッカーの痛車を作成した時の仕様です。
当時カッティングが基本で、カラーステッカーはどうやって注文すればいいのか、どこに頼めばいいのかも分からない状態だったので、初めてカラーを貼ったときは感動しました。
車の作り方は今も昔もずっと同じだなと写真見て感じます。
2007年9月
最近は内外装ともにシンプル路線が流行りですが、当時は中もどれだけ痛くできるかアツい時代でした。運転中にいつでも推しや嫁が見れる痛車メーターいいと思いません?w

「推しが増えたら増車すればいいじゃない」というマリーアントワネットもびっくりの発言でお馴染みのぜろひな氏。今も新仕様の制作で夜な夜なクルマをいじっているようで、お披露目の時を楽しみに待っています♪