
始めたきっかけは雑誌で知ってSNSがまだ普及し始めたばかりでこんな趣味があるんだと思いましたね。
自身で痛車を初めて他の方を知り合って「ココがいい」、「これ真似したい」と思ってやって仕様変更するにつれて進化してきました。
何気に初期の頃から車体自体は13年間一切変更してません。
一時はセダンに乗り換えようかとも思いましたがそれでは面白くないし、コンパクトカー、ファミリーカーと言われていたNOTEが車体がかっこいい車にどこまで対抗できるかと思って今まで車体変更も一切しませんでした。
その意志の持続のお陰かコンパクトカーのNOTEでも複数の賞を頂ける所まで来れました。
それでもまだ完成していません。
自分の目指す所まで痛車道を突き詰めていく意志が今日まで長く続けて来れた結果だと思いますね。
2019年2月
これが現在の仕様艦これの山風です。
こう初期から見直すとデザインもそうですが車体も変化したなぁと実感します。
山風もたくさんの方に見てもらって嬉しい限りです。
これからもまだまだ高みを目指していきたいと思います。
2015年2月
四回目の仕様変更で九州の痛車乗りとは違うバイナルにしたいと思って関東の痛ステさんにお願いしてデザインしてもらいました。
雲龍姉妹仕様にしてからステッカーだけではなく、カスタムも興味を持ち始めてカスタムも力を入れ始めた年になります。
そのお陰で賞を取るようになりました。
雲龍姉妹仕様になってから認知度が上がったので東方してた時代の方が「東方やってたの?」と思う人もいるのかも・・・
2012年6月
三回目の仕様でフルラッピングをやりました。
確かこの頃の流行りがフルラッピングだったからやっていた感がありました。
この頃になってから痛車人口が増え出してきて周りが同じ感じのデザインが増えたなぁと実感した頃にもなりますね。
この頃はまだ九州でも痛車デザイン&印刷、施工会社が1,2店舗しかなかったのでデザインが他の方と似てしまうのですよね
2010年7月
これが二回目の仕様変更になります。
この頃になると同じジャンルの痛車乗りと仲良くなって段々痛車乗りが少しずつ増えてきた時期になります。
この頃でやっと九州でも「痛車イベント」が年一で開催されてきた年になりますかね。
この頃になるとバイナルを意識し始めた都市にもなります。
2008年5月
一番始めたばっかりの頃ですね。
まだ周りに同じ痛車乗り仲間もいないですし、痛車が全然普及してない時代でしたから雑誌やネットで関東の痛車の写真を拝見して作りましたね。

ノートをベースに痛車としてどこまで完成させられるか追求しているフランさん。艦これ仕様になってからは突き抜けた感がありますが、本人的にはまだまだ完成形ではないそう。さらなる進化に期待しています!